2001.8.16  「未完の夜」in 金沢芸術村

会場の金沢芸術村は紡績工場跡を利用しただけあって、独特の土臭い雰囲気でした。
外に広がる芝生ののどかな景色とはうって変わって、中は組まれた柱がむき出しになっていて、まるで舞台の稽古場。広くはない会場に、250強(?)の人がグランドピアノが置かれたステージを囲む。阿佐ヶ谷のような段差があまりないので、視界は悪いけど、朗読会の雰囲気としては上々。
床・イス(前列は折り畳みイス)は白木。紺の座ぶとんがセットされていて嬉しい。
低く震える空調の音、時折過る列車の音がまた工場っぽいBGMになっていて格別でした!


会場が暗転し、左手ソデから宮沢氏登場!
赤いシャツにしろいパンツ、首にはチョーカー。
見えなかったけど、NEWS23でしていたものと同じなら、羽根がトップについているもの。
そして、茶系のフレーム付きメガネ。髪は、少し長めだったような?

「北上川」


唐突に始まる。途中”北上川”のところで噛む。(笑)


み 「今日は(席が)近くて戸惑っております。
   僕はひとりぼっちで、緊張するし、できれば見ないで下さい。
   …こう、上を向いててもらって…。(笑)そっとしておいてください。」
  「(笑)最後まで、楽しんでください」


ホコ天時代の貧乏話を。
当時は仕送りもしてもらっていたそう。コックのバイトもしていたが、
そのお金はリハーサルの場所代とかに消えてしまってたらしいです。
だから、三年間フロなしのアパート。
「けっこう、そんなもんなんですよ」と笑う。
そんなアパートには触覚のないクワガタ(ゴキ○○ですね)とか、ヤモリとか出現。
この間、大家さんを訪ねたらお元気だったそうで、嬉しそうに笑う。


「お湯をわかそう」


窓辺に設置したウインドファンの排水パイプを部屋の中で、バケツに受けていたらしい。
その水しぶきで床にひいたじゅーたんの折り目にキノコが!!
本で調べたら、食べられる種類にも、食べられない種類にも、似た姿が。
かじってみたけど、食べなかったそうです。(…ってかじっていいのか?)


「大好きな君」


「似顔絵書いてほしい人…?」の声に、ところどころから手が上がる。
その中で、声のダントツに大きかったおむさんに白羽の矢が!(笑)
となりにいたみやさんと、どちらを書くか迷った結果、みやさんに決定。スポットライトがあたる。
黒い油性ペンの音を響かせながら、スケッチ&朗読。
ペンのため、消しゴムで消せず、途中でごまかす。


み 「ひどいな、こりゃ」「怒らないでね」


最後、”大好きな君の顔を描き始めたのだけれど”で噛み噛み。(笑)


夜更かしの凡人から「#21」(言っちゃいけない言葉がいくつかある…)


”ムカツク〜”で語尾を上げ、しかもコギャルの声色で。(笑)
”日本人に向かって「○○」と言っちゃいけない”の○○部分で口を押さえて何か発する。


「たまたまなんです」

詩との出会いを語る。
たいてい教科書でまず接することになるが、優等生的な詩が選ばれるし、先生も”詩を教える”のは難しいだろう、と。「汚れっちまった悲しみに」「ぼろぼろな駝鳥」の話も。
そんな中、クラスメートの女の子が書いた詩に触れることがあり、
優等生で、おとなしくて(おとなしい=暗い、となる現代の風潮を批判)、かわいい女の子が「悪魔になりたかった私」という詩を書いていてそのギャップに驚き、詩に興味を持ったそうです。


「ここで歌詞の朗読を…」と、鶴来さんも登場!
光沢素材の茶系のストライプシャツ。


「It's Glorious」(朗読)


歌では、軽く明るいイメージだったけれど、鶴来さんのピアノもバラードっぽく、
朗読も畳み掛けるように、言葉を吐く。
”神の手を伝わり…”で手のひらを見つめ、ラストでは祈るように瞳を閉じて
右手、左手と胸の上に置く。
朗読後、この詞が出来たエピソードを語る。
日比谷ライブを行っていたころに、第1子が生まれ、
もちろん嬉しかったけれど、いろんな不安もあった、と。
でも、こうして年老いていくのもいいなぁ、とそんな思いから出来た曲らしいです。
嬉しいことがあった、その2日後、ある人の悲しい出来事が起こったらしい。
「こんなに泣いたことはないくらい泣いた」出来事って…?


み 「人にとって一番恐いことは、ひとりに、ひとりぼっちになること。
   孤独や、居場所がない…というような」


命を粗末にしちゃいけないってことを、話してくれました。
「今、ぼくはひとりぼっちじゃない」と悲しみの中、気付いたそうです。
そんなことから出来た曲の朗読へ。


「ありがとう」(朗読)


今度、今までの歌詞集を出す話。
いつも詩としても成り立つように歌詞を書いている、と。
朝日新聞で2年間携わっていた「詞から詩へ」について。
その中で取り上げた那珂太郎さんの言葉遊びの詩へ。


那珂太郎「<毛>のモチイフによる或る展覧会のためのエスキス」


鶴来さんの軽快な伴奏もいい。
続いて
「ごはんがたけた」を読みながら、アイウエオの5つに分けられたブロックを説明。「エ」のブロックが難しかったそうです。(笑)


み 「”未完詩”の中にも、アイウエオにおける言葉遊びがあります」


「んなっちまったぜ」


み 「ソロアルバムを作っております。年末年始にはツアーもします!」


以前のソロ活動では「なんでソロなんかやるんだ」とか「元・THE BOOMの…」とか言われていたらしく、そういわれないように、今回は平行してやろうと思ったそうです。(笑)
ブエノスアイレスやニューヨーク、東京で製作して、今月いっぱいで完成だとか。
11月くらいにリリースらしいです♪
その中から
「ゲバラとエビータのためのタンゴ」を朗読。
朗読前に、この詞を作った思いを語ってくれました。
世田谷一家殺害事件とかルーシー・ブラックマンさんの事件とか、
酷い事件が次から次へと起こる昨今、どんどん感受性が鈍って、ちょっとやそっとのことでは驚かないようになってしまっている。忘れてはいけない事件や問題を(自分自身のためにも)書き残そうと思って詞にしたそうです。
朗読では、鶴来さんのメリハリのある重々しいタッチの演奏(即興、と言っていたような)が不安な時代を表すかのよう。宮沢さんも徐々に声を大にして訴えかける口調で、絶妙なコンビネーション!


盛大な拍手のあと、鶴来さんは退場。


先ほどの圧倒的な迫力に静まり返る中、
竹内浩三「骨のうたう」


み 「石川の誇る詩人を紹介させてください」


亡くなる1ヶ月前に書いたという、
室生犀星「老いたるえびのうた」


そして谷川俊太郎さんの話へ。
谷川さんとは2度対面。一度目は、雑誌の企画で「会いたい人」の希望を伝えたら
本当に来てくださったという。(笑)
もう一度は「現代詩を盛り上げよう」という企画で雑誌週間金曜日にて対談。
この谷川さんという方は、年を経ても変わらない人らしい。
出会った時にも「小学校の頃、教科書に載ってる人と同じじゃん!」と思ったらしいです。
谷川さんの詩の中で、一番好きなために、あえて「詞人から詩人へ」には入れなかったという
「世間知ラズ」を。
(ある日、谷川さんから自作の全詩を記録したCDが送られた時に添えられていたメッセージがいかにも、詩人谷川さんだなぁと思ったのですが、正確に覚えてなくてスミマセン。自分の多くの作品は、たったこのCD1枚でした、というようなことです。)


み 「思い切ってみようかな…。
   TVや雑誌でご存じだと思うんですが、NHKのトーク番組とかで。
   ねじめ正一さんは谷川さんとは対極にある人です」


(なにか落ちる音。で、拾う)
「夜更かしの凡人」を取り出して、ページを繰り始める。
「ないなー」
「書いてなかったかなー」
「もう、ボケちゃったかなー」
等々言いながらようやく発見したらしく「これだ、これだ!」

「夜更かしの凡人」#11から)
み 「人にはね、三つの自分があって、自分が思っている自分、他人から見た自分、
   本当の自分。でも僕は4つ目の自分ってのもあるような気がして、
   それは”こうありたいとする自分”」


その後、自分自身の”たらこ唇”のことを言ってたような…。(笑)
「それじゃ、思い切って!」と座り直して「東京羊羹」
タイトルと名前を言ってから
「違うな…」と首をかしげて笑う。ちょっと力が入り過ぎてたかも。途中、”たらこ唇”のところで口をぬぐうフリをする。


み 「そうだ!さっき思い出したんですけど、誰か…詩を読んでみたい人?」


会場から手が上がる。おむさんたちは再度大きな声でチャレンジしたようだけど、
「君たちはさっき似顔絵書いたから(笑)」と却下。
「じゃぁ…一番…声の小さい人!!」と言って会場を湧かす。
テラサキさんという女性が選ばれ、彼女の希望で
「拒食症の君と過食症の僕」の歌詞の朗読を。
朗読を始めるが、マイクスタンドの位置がそのままで本を読む彼女の頭に当って直すアクシデント。
彼女の緊張がこちらまで伝わってくる。宮沢さんはピアノに寄り掛かって見守る。
言葉が引っ掛かったりすると、心配してふと覗き込んでくれていたり。
「どうでしたか?」の質問に「歌詞だから、つい歌のリズムに…」とテラサキさん。(笑)


み 「この企画はいいなぁ」


次に選ばれたサカモトさんは、宮沢さんの勧める詞を「別のがいい」と主張し(笑)
宮沢さんも悩みに悩んだ結果、
「有罪」に。
サカモトさんは、非常に落着いていて、まるで岸田今日子さんの朗読を聞いているような感じでした。訥々と語られる「有罪」はまた別の詩に思えました。


み 「詩って不思議なもんで、黙読すると早いけど(声を出して)読んでみると
   時間が必なんですよね。(抜)詩に関心のない人も、
   ぜひ家で口に出してみることですよ」
  「僕の詩に戻ります」


「次元」


み 「(今のは)あるとき、ふともし今死んでしまったら、
   その瞬間にたどりつくために生きたことになるなあ、と思って作った詩です」

「煮物」


「未完詩」


↑このタイトルは、これからも僕は詩を書いていくだろうし、これは終わりではないという考えから付けたのだそうです。来年も”全県ツアー”をやりたいと思っているので、そのときにまたこういう時を皆さんと過ごせたら、と。


み 「最後に、歌を…」「金沢出身!鶴来さん!」鶴来さんも再登場。


マイクを取り、長男の名前を付けたという
「JUSTIN」


「10月」


立ち位置に×が付いていて(バミり、バミる、という)こうしてまたステージに立つための場所が自分に用意されていることがありがたいと思う、金沢もこういうことがなければ来ることがなかった遠い土地だった、というようなことを。


「遠い町で」


拍手が鳴りやまないまま、退場。。。
(あまり退場の時、覚えてないんですよ。「遠い町で」がすばらしかったので。
 隣の方も泣いてましたね…)


再登場し、
「沖縄に降る雪」


青白いライトが横ななめから写し出されて、深い海の中のようでした。
(宮沢さんがこの曲を大切に歌っていこうとする姿勢がビシビシ感じられる曲でした)


続いてそのCDに入る曲
「それがぼくです」の歌詞を朗読。


飾らない、ありのままの自分を語るやさしい詞。
大きな拍手の中、本を自ら撤収して、退場。
ソデに戻りながら、メガネを外して会場に手を振ってくれる。


******

<感想>

全回参加した阿佐ヶ谷よりも、確実に進化していました!!
宮沢さんにも客席にも楽しむ余裕が出てきたような…。
歌詞の朗読、お客さんに朗読してもらう、という新しい試みも斬新でよかった。
”朗読を聞きに来ている”というよりは”参加している”という感じがして。
(グランドピアノがあの会場に置かれている雰囲気も、音色も格別!)
座席的には、段差が少ない分、私も含めて見にくい人が多くいたんじゃないかな。
中2階みたいに床が左右後ろ上方にあったから、そこにも座らせてほしかったー。
贅沢を言うと、ファンでない幅広い年代の方にも参加してほしい。
これから詩に接する子供たちにも、こんな機会があればなぁ…と思う。
宮沢さんが言っていたように、教科書の詩って習ってるときは楽しくなかった。
ひと文の意味を優等生的に理解するより、もっともっとたくさんの詩に触れたかった。
日本語が乱れる今、日本語の音・韻のおもしろさや繊細さを見直してもいいんじゃないかな。
詩って、文よりストレートにそれに触れることができるから、もってこいなんだけど…。
ともかく、また詩に興味が湧いてきました!
ポエトリーリーディングって言葉の伝達方法としては、すごくおもしろい。
場所によって、人によって、人の言葉によって、どんな動きをするかわからない不思議な力がある。
歌とも通じるところは多々ありますね。宮沢さんのポエトリーリーディングが行き着く先って、
やっぱり歌なんだと思うなぁ…。
宮沢さん・スタッフのみなさん、素敵な夜をありがとうございました!!!

作者・ぴお 校正者・ゆきだるまさん みかんさん


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